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どこまでも歩けるはずなんだ

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人に言った「ブス」とは、己の顔のことである-山田詠美『蝶々の纏足・風葬の教室』感想

 こんにちは。風邪を引いてダウン気味のおのまちです。気分はそう悪くないのですが、咳が止まらないのが辛いです。あまりに運動不足なので、咳でお腹が筋肉痛になってしまうんですよね……私の筋繊維はちょっと傷つきやすすぎるんじゃなかろうか。

 

 さて先日、東京旅行を楽しんできました。旅行に行くときって、新幹線や電車や飛行機を待っているときとか、特に何をする気にもなれないときとか、意外と空白の時間が少なくないのではないでしょうか? そんなときのために、どこに行くときも何冊か本を持っていくようにしています。

 今回の旅行に持っていったのは、山田詠美さんの『蝶々の纏足・風葬の教室』です。

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 実は、この本はもう1ヶ月前くらいに買った積読本でした。文庫本で200頁ちょっとという薄さなのに、なぜ放置していたかというと、じぶんのトラウマが噴出してしまいそうで怖かったからです。

 顔しか取り柄のないワガママで女王様気質の女の子に、勝手に親友認定されて付きまとわれたこともありますし(「蝶々の纏足」がこんな感じ)、転入先でほとんどクラス全員からいじめられたこともあります(「風葬の教室」がこんな感じ)。あー、辛い。本当に辛い。そんなわけで、世に数多ある「いじめ文学」は私の天敵なのです。でも山田詠美さんにハマってるから読みたい。辛い。

 ネットでこの本について調べて、大体内容について分かったので、読む勇気が中々出ませんでした。しかし、「東京」という誰も私を知らない場所では、何だか読めるような気がしたのです。

 

 『蝶々の纏足・風葬の教室』は、心情描写では幻想的なイメージが使われていますが、教室の描写はリアリティがありすぎて怖いほどです。どうして山田詠美さんは大人になってからも、鮮明に文章でこういうことを再現できるんだろう。すごすぎる。

 あああ、あったなあこういう子ども特有の悪意とかトイレに一人で行くのが嫌とか(今は集団で行く方が嫌ですけど)! そういうのが山ほどあります。例えば見た目に関するいじめあるあるとしては

「へらへらしちゃってさ」

 彼女は 、一瞬の間を置いて、私に言いました。明らかにうろたえていました。だって、笑顔が歪んで醜かったのですもの。私も同じように微笑みを浮かべています。(中略)

「ブス」

 彼女は、愚かにも私に向かってそう言ったのです。私は笑い出しそうでした。

「どっちが?」

 とかね。私も「ブス」はたくさん言われてきましたけど、なぜか美人には言われたことないです。私はブスじゃないとは言い切れないけど、相手は「人のこと言う前に鏡見ろや!」的な人ばかりだったのは確か。ちなみに今回のタイトルは、この経験を格言風にしてみた。

 

 美しい親友のえり子から、男の体を知ることで逃げようとする瞳美の物語「蝶々の纏足」と、じぶんをいじめる同級生を一人ずつ(心の中で)殺す少女・杏の物語「風葬の教室」。2つに共通するのは、主人公が

・大人びている(とじぶんでは思っている)

・個性的(とじぶんでは思っている)

・家族に恵まれている

 の3つです。これも私と共通してるやんけ、嫌だなぁ。良いのは家族に恵まれていることくらいだ(とても重要なことですが)。でも上の2つは、憎んでいる親友がクラスのアイドル、とか、クラス中からいじめられている、とか「集団の空気の流れに溶け込めない」ためであって仕方ないことなのだと思います。そして、多かれ少なかれ、孤独感や「じぶんが愛されない」ことへの飢餓を味わって、人は大人になるのでしょう。

 でも、家族に愛されてるから、実はそこまで愛情に飢えてないんですよね。じぶんが注目されないことや、嫌われることが「気に食わん」という感じ。だから、他人に悲しいほど媚びる所までは行ってません。そこにまだ救いがあるから、天敵・いじめ文学であるにも関わらず読破できたのかも。辛くなった所も結構ありましたが、読めてよかったです。