私は、男に食べさせる。ー「夕餉」(山田詠美『風味絶佳』)

無性に読み返したくなる本というのが、10冊くらいある。

 
山田詠美さんの『風味絶佳』はそのひとつだ。食事のシーンがとてもいい作品が多くて、うっかり夜に読むとお腹が空いて困る(笑)
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初めて読んだのは19の頃で、その時のお気に入りは表題作「風味絶佳」だった。赤いカマロを走らせるかっこいいグランマと、その孫志郎の切なくままならない恋がすごく魅力的で。
 
今は「夕餉」が好きだ。
物語は「私は、男に食べさせる。」ということばから始まる。この始まりがとても好きだ。主人公の美々は、権力の塊みたいなモラハラ夫及び一族から逃げ、ゴミ収集車の作業員・絋と一緒に暮らしている。絋に食べさせるご飯を、美々は毎日、丁寧に丁寧に作っている。料理の描写を抜粋してみる。
オリーブ油をたっぷりとル・クルーゼの大鍋にたらして、芽を取って刻んだにんにくを炒める。良い香りがあたりに漂い始めたら、小さく切ったトマト以外の野菜を全部加える。ひたすら炒める。セロリの葉は良い風味を付けるのに役立つから絶対に捨てない。焦げ目が付いたら水を注ぐ。一時間半ぐらい弱火にかけたままにしておく。あ、いけない、お豆の好きな絋のために、キドニービーンズも入れなくては。
 
美々と絋の生活や、夫や家族との確執が、料理の合間に淡々と語られる。始めのうちは、ゆるふわ的穏やかな生活が語られているのだが、後半になるにつれて仄暗さが増してくる。
 
料理を作ってあげるというのは、怖い側面もある。
お金を払った対価として受けるサービスなら、まだ安心だ。だけど、目に見えない情緒で繋がっている人の料理を食べるのは、穏やかさや暖かさがある反面、どこかダークなものがあるかもしれない。なぜなら、胃を満たしてもらうということは、その人に命を、身体を握られているということだから。
 
でも、そういうのにちょっと憧れる。誰かに食わしてもらいたいのか、それとも誰かを食べさせたいのか、よく分からないけれど。