どこまでも歩けるはずなんだ

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愚痴を許す

なぜだか分からないが、愚痴られやすい。
いかにも人の良さそうな顔をしている(ペコちゃんとヨーゼフに似ているとよく言われる)からか、あまり話すのが得意ではなくて自然と聞き役になってしまうせいなのか。
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つい最近まで、私は愚痴られることにむちゃくちゃムカついていた。愚痴られるのが嫌すぎて、本気でアメリカ移住を考えたことがあるくらいだ(アメリカでは友人や知人に愚痴るのが一般的ではないらしい)。

常に愚痴っぽいモードの人間が大っ嫌いだった。

今まで出会った愚痴スタンダード人間は、自分の愚痴を私が聴くのは当然、聴かなかったらヒドイ、というスタンスであった。

頭どうかしてんじゃないの?

心の中で、しね、と罵倒しながら、それでも話を切り上げるスキルも強さもない私はただ愚痴を聴いていた。


愚痴られるのが嫌いな理由は、時間を奪われているように感じるからだ。

うんざりするような話を聴いているヒマがあるなら、本を読みたいし、アニメだって観たいし、友達と楽しい話をしたい。
私の二度と帰ってこない時間を奪っておきながら、被害者ヅラしてばかりの情けない目の前の人間に、同情することなんてできなかった。


でも、二十歳を超えた頃から、愚痴を少しずつ許せるようになった。
何か分かりやすいきっかけがあったわけではない。だけど、大学時代に「自分」についてしっかりと悩み、考えたことで、ちょっと他人に対して寛容になれたのではないかと思っている。

自分のことを、自分で見つめて悩む。
自分について思いっきり悩めたから、他人のは悩みや、それを人に言わずにはいられない弱さを「しゃーないか。しんどい時もあるよね」と思えるようになったのかもしれない。


でもやっぱり今でも愚痴っぽい人間は嫌いだし、私自身としては、愚痴るヒマがあるなら愚痴らなくてもいいくらい素敵な生活を送れるようにがんばりたい所存であります。