ズートピアはいいぞ

昨日、仕事終わりにスマホを開くと、妹からLINEが来ていた。
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妹は基本的に辛口で、良かったとしても「まぁ悪くはない」とかのたまうタイプだ。

そんな妹が褒めている…?!

というわけで、映画「ズートピア」を観に行ってきました。元々気になってたしね。TwitterしてるとTLにしょっちゅう「ズートピア」の文字が登場するのでね。
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結論。
ズートピアはいいぞ。

動物たちが人間のように暮らす文明社会、ズートピア。そこでは、肉食獣も草食獣も入り混じって生活している。
田舎の農場育ちのジュディ(ウサギ)は、草食獣・ちっさいというハンデを努力で乗り越え、夢見ていた警察官になる。晴れてズートピアに上京(?)したジュディだが、署を挙げて捜査している肉食獣失踪事件には関わらせてもらえない。
ある日、上の命令を無視して、ジュディは泥棒を捕まえる。それが署長の逆鱗に触れ、危うくクビにされそうになるが、「行方不明のカワウソを48時間以内に見つける」ことに成功すればクビはなし、ということになる。
ほとんど手かがりのない中、ジュディはズートピアで出会ったキツネの詐欺師・ニックと(無理やり)捜査を開始する。それをきっかけに、ジュディとニックは大事件に巻き込まれていく。


あらすじの紹介はここまでにして、個人的にいいなと思うところを3つ挙げる。

  1. ジュディとニックのバディ感
  2. 動物の特性を生かしつつ、自分で自分を縛っていないか? というメッセージ
  3. セクマイ(と思われる)キャラクターを登場させている

ジュディは、小さい頃キツネの同級生に怪我をさせられる。前向きで努力家な彼女だが、心のどこかでキツネに対する恐怖心が消えていない。また、どんなに努力しても「小さい草食獣」というだけで親や周囲から夢を諦めるように言われる。
一方キツネのニックは、キツネである(肉食獣である)ことからいじめられた経験がある。キツネであるというだけで、ズートピアでは信用してもらえない。心を閉ざした彼は、キツネらしく狡く生きてやろうと思ってきた。
この組み合わせが本当にいい。真面目一直線なジュディにはニックのずる賢さや柔軟性が、人生を諦めどこかすれているニックにはジュディのまっすぐさやひたむきさが必要なのだ。恋愛には発展しないけれど、だからこそ、ふたりの関係は尊い。

映画には動物の特性を生かしたシーンがいくつも登場する。ジュディは、ウサギのジャンプ力を生かして泥棒を追跡するし、アイスを売るニックは、集団行動で知られるレミングに声をかけることで一気に儲ける。
だが、ジュディとニックが失踪したカワウソ探しで訪れたヨガ教室(?)では、「象は記憶力がいいから羨ましいよ」と言いながら、象のキャラクターよりも詳細にカワウソについて語るヌー(多分)が登場する。動物の特性に注目するあまり、自分の記憶力のよさに気づけていないのだ。私たちも「自分はこういうタイプだから…」と決めつけていないか? というメッセージを(勝手に)受け取った。

ズートピアは、多民族や異文化、多人種が混ざり合って生きていくことの困難と、希望を描いていると思う。ズートピアの理念は「誰だって何にでもなれる」だ。けれど、有利不利はあるし、差別もある。そんな中でも、お互いへの理解を諦めない動物たちは、本当に眩しい。
そしてすごいな、と思ったのは、セクマイ(性的少数者)と思われるキャラクターが登場することだ。ジュディの隣人はケンカばかりの男性コンビだし、大人気の歌姫ガゼルは女性の格好をしているが立派な角が生えている(ガゼルのメスはふつう角がない)。
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どちらも「どうとでも受け取れる」レベルの話で、お隣さんはゲイカップルでガゼルはトランスジェンダーと言い切れるわけではない。だけど、そう思える余地を作ってあることが素晴らしいと思うのだ。ディズニーも異性愛主義から脱却しつつあるのかもしれない。

長々と書いたけれど、面白くて元気が出る映画なのでまだの人はぜひ観てください。ズートピアはいいぞ(4回目)