どこまでも歩けるはずなんだ

読書と仕事と妄想と。ゆるゆるやっていきたいです

清く正しく美しく。

 クレーマー

 それは、働く人々の心を傷つけ疲労させ仕事の邪魔をし、店舗での場合だと他の客までも不愉快にさせる怪物だ。私は図書館で働いていて、お金を取らない分、まあまあクレーマーは少ない方だと思う。それでも月に何回かはクソめんどくさいクレーマーが現れるのだから、他の接客業の方や苦情処理の方はどれだけ大変なことだろうと思う。

 

 ちなみに、当館に寄せられる苦情の大半は「〇〇という本がない」「予約入れたのにまだ届かない」「行きたいサイトにパソコンが繋がらない」である。

 だったら買えや。

 ただで済まそうとしてるくせに、何文句つけてんだろうと思う。みっともなさすぎる。私は、欲しい物は自分の金で買える大人になろう、とこの3ヶ月で強く決意した。

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 ところで、「接客業はクレーマーの理不尽さが身に染みて分かってるから、自分が客になったときは優しい」というイメージがある。私が優しいかどうかは分からないが、「どうしても意見を言いたい」「これは納得が行かない」とき――つまり自身がクレーマーになるときは気を付けていることが一応ある。

 

①敬語を崩さない

 これだけでも印象が結構違う。自分の方が上の立場だと思っている人は、往々にして言葉づかいが汚い。方言とかそんなレベルではなく、汚い。自分を見下している人間に、真摯に対応するのはとても難しい。それを知っているから、私は極力丁寧にクレームをつけている。うっかり敬語が崩れてしまったときでも、絶対に命令形は使わず、「〇〇していただきたい」というふうな「お願い・お伺い」のようなニュアンスで話すようにしている。

 

②感情的にならない

 私は、真面目な場面で感情的になる人が信用できない。感情を使いこなすのはかっこいいと思うけれど、感情に支配されては、話しも要領を得なくなるし、相手が相手なりに一生懸命対応しているのにそれに気付けず、無茶ばかり言う醜い人間に成り下がると思うのだ。Aという事実があり、それはBという理由でおかしいと思うので、Cをしてほしい。という感じで、クレームは論理的につけるべきだ。

 

③感謝を忘れない

 もしもクレームをつけているのが、普段よく使う場所だったら、「いつもよく使わせてもらってます」ということを言った方が、このクレームはもしかしたらまともなことを言っているかもしれない、と思う。初めて行った場所でも、話しの終わりには「では検討をお願いします」「ごちゃごちゃ言ってしまってごめんなさい。ありがとう」などを言うようにしている。「いつも使うことで生活が便利になっている」「聞いていて気分のいい話じゃないのに聞いてくれた」ことなどに対して、感謝の気持ちを持って、それを伝える。

 

 というわけで、私はクレームは清く正しく美しくつけるべきだと思っている。私にとってクレームは、「こうなったら私はすごく嬉しいんですけど……」というものに対していうものなので、単に鬱憤を晴らしたい人には、私のリストは何の参考にもならないと思うけど。

 

 最期に、クレーマーのみなさまへ。いつか辞書の角で血が出るまで殴ってやる。