満月心中【上】(創作小説)

仄暗い百合。大正時代の女学生さんをイメージして書きました。ついさっき書き上げた、できたてほやほやの作品なので、もちろん時代考証は一切しておりません。それでもよければどうぞ。

 

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 やたらと明るい夜だ。ガス灯などないこの田舎の道でも、歩くのはそんなに怖くない。
 前を行く小枝子は、どんな思いでいるのか。透視でもするように彼女の背中を見つめたが、何も分かりはしない。
 もうそこに駅が見えている。これから三十分もすれば夜行列車がやってくる。その列車に轢かれて、私たちは死ぬのだ。そして生まれ変り、男と女になって、また恋をするのだ。

 

 独逸かどこかの先生が書いた、心理学の本を読んだことがある。もちろん、我が神聖な学び舎には、そんな本は置いていない。帝都にて大学に通う兄の部屋で見つけて、読んでみたのだ。内容はほとんど分からなかったけれど、どうやら、小枝子と私の間にあるものを、学術の世界では「変態性欲」というらしい。

 変態……。
 変態というと、何だか気持ち悪くて、得体が知れない異形のように思える。私たちの関係は、異形なのだろうか。小枝子と話すことや、放課後にカッフェに入ってお茶を飲むこと、手をつなぐ帰り道は、変態をみなされる行為のうちに入るのだろうか。そう思って、怒りなのか哀しみなのか何なのか、分からないけれど、あまりに一度に色々な感情が腹の中で渦巻いて、私は力が抜けたようになってしまった。
 私たちはきっと、この学校を卒業すれば、すぐに結婚させられるのだろう。親が決めた、それなりに釣り合いそうな相手と。良人となったよく知らぬ男の子を生み、母として、妻として、家を支えて生きて行くのだろう。私たちの母のように。
 けれど私は、小枝子と過ごすのが、学び舎での三年間だけでなんて嫌だった。卒業しても、大人になっても、おばあちゃんになっても、小枝子と一緒にいたかった。
 

 そんなある日、小枝子は私に言った。

 「君恵、生まれ変わりを信じてる?」

 その瞳は、メランコリックに輝いていた。

 

 私たちが一緒に居られないのは、私たちが男と女じゃないからだ。女と女は、学校の中で仲良くするのはいいけれど、恋をしてはいけないのだ。誰も言わないけれど、学校の教育や雑誌や、私たちを取り巻くすべてのモノが、そう語りかけてくるような感覚がする。


 どうしていけないのだろう。私は、こんなに自然に小枝子が好きなのに。


 小枝子は、「ふたりで線路に飛び込んで、生まれ変わろう」と言った。決行は一週間後の夜。もしもこの誘いに乗ってくれるなら、その印として、私にコスモスの花束を頂戴。一番好きな花なの。
 私は次の日の夕方、小枝子にコスモスの花束をあげた。

 

 その日は満月の夜で、夜なのにやたらと明るかった。

 放課後、いつものカッフェでお気に入りのお茶を飲みながら、『カラマゾフの兄弟』の話をした。私たちがこういう関係になったきっかけの本だ。私は兄に借りて読んだのだが、小枝子はお父さまの書棚から失敬したのだという。私たちが好きな登場人物は、もちろんアリョーシャだ。
「それじゃあ、そろそろ行こっか」
 まるでこれから家に帰るみたいに何気ない口調で、小枝子は言った。

 

 駅のホームに入り、私たちは手をつないだ。遠くからカンカンカンカンと響いてくる。あと、三十、二十、十、九、八、七、六、五……(今だ)。私たちは、線路に向かって飛び込んだ。