どこまでも歩けるはずなんだ

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うつになった理由を真面目に考えてみた(後編)

前回記事の続きになります。

onomachi009.hatenablog.com

 

こんにちは。日に日に暑さが増したり雨が降って涼しくなったりする、天気が情緒不安定な季節ですが、いかがお過ごしでしょうか。

 

気分の落ち込み、全身の倦怠感等々、心身共に不調な日々が続き、パソコンを開くことすら億劫でしたが、少しずつ回復してきました。あまりにも不調なので勤務日数を減らしたこと、何の奇跡が起こったのか前の職場から大大大好きな上司が異動してきたことで、最近はかなり調子がいいです。

 

さて、私が私を嫌いになった理由を深く考えてみたのですが。

自分を好きになれない大きな要因は、いつの頃からかずっと心の中にある、「私は無力だ」という思い、です。見た目も性格もよくないし、人の話についていけないとかしょっちゅうあるし、喋るのへたくそだし、気遣いとかも全然できないし、初めてのバイトは2ヶ月で辞めたし、とにかく自分は社会不適合者でダメ人間なんだとずっと思っています。

 

その始まりは、多分、8歳の頃。

当時住んでいたシカゴから、日本へ帰ってきたことです。

 

私は、父の仕事の都合で3歳~8歳までシカゴに住んでいました。通っていた日本人学校は平和で自由で、家に帰れば妹や母と一緒に遊び、週末には家族で近くの自然公園でサイクリングをしたりショッピングモールで買い物。文句なしに楽しくて素晴らしくて、今でもあの頃が一番私が幸せだったと思います。

しかし、8歳の頃、日本に帰ることに。

日本に残してきたおばあちゃんと会えるのは嬉しかったけど、本当は、ずっとシカゴに住んでいたかった。でも子どもだから、そんなことはできない。納得感のないまま、家族で日本に帰りました。

 

日本に帰ってきてからの生活が楽しかったならまだ救いがありますが、はっきり言いましょう。最悪でした。まず暑くて死にそうだし(寒冷地に慣れきった体には、関西の暑さはかなりしんどいです)、学校の先生からは「日本語はしゃべれるんですか? 私は英語が話せないので、そうなるとちょっと入学は…」とまさかの入学拒否をされかけるし、クラスのカーストとか全く分からないから「空気の読めない子」とみなされいじめられるし。ほら、シカゴに帰りたくなってくるでしょ? でももう帰れない。私は親の仕事についていっただけなんだから。

 

日本、というか、今の生活が好きになれたのは高校生になってから。中学校まではとにかく周囲になじめずに辛かったのですが、高校に入った途端、みんな一斉にOSが切り替わったかのように、周囲とうまくやっていけるようになりました。しかし、楽しい生活を送っていたはずなのに、高校時代から、自律神経失調症やうつ、適応障害、社交不安障害の症状がぶわああと出るようになりました。あれだけいじめられていた小中時代にはなかったのに。本当に不思議です。

 

もしかしたら、毎日大荒れみたいな日々を抜けられたから、自分の中にある傷と向き合う状態になった、とも言えるのかもしれませんが。

 

というわけで、多分私は、子どもの頃のしんどかった気持ちを、大人になってからも手放せずにいるのだと思います。私も親も環境の変化も悪かったわけじゃない、けれど苦しみはまだあります。バカみたいだけど。

 

本当は、もう私は自由なのに、好きな所に行けるようになったのに、まだ羽ばたけずに夢だけを見続けています。