どこまでも歩けるはずなんだ

読書と仕事と妄想と。ゆるゆるやっていきたいです

夏が来るといつも

終戦の日ですね。

毎年、この時期は道を歩けばくらくらするほど暑かったような気がするが、今年は曇り空が多くて、涼しい。このまま真っ逆さまに秋になればいいのに。

 

さて、久しぶりに本の記事を書いてみることにする。

小説のジャンルに「戦争文学」というのがありますよね。私はものすっごく臆病なので、紙に書かれているものであっても爆撃や人が焼けて死んでいく描写には耐えられない。SFだったらまだ何とか読めるのだけど、実際の戦争を題材にしたものはもうダメだ。まるで自宅が爆撃され、本を持っている自分の腕も焼けていくような感覚に陥ることがある。

紙媒体でそんなんなのに、映像なんて以ての外だ。アニメはもちろん、写真や映画、当時の録画なんて本当に怖い。見るだけで全身が震え、時には涙が止まらなくなることがある。こんなことが身に起こった人がいるなんて、と絶望するし自分も同じ状況になったらきっと苦しみ抜いて死んでしまうし、悲しみと恐怖が綯交ぜになって動けなくなるのだ。

小学生の時、夏休み前になると道徳の時間で「平和学習」と称して原爆の映像をみんなで見たりしたけど、私は顔を上げることができなかった。できれば耳も塞ぎたかった。絶対に泣くから。小学生は学校で泣いちゃいけないのだ。

 

しかし、あらゆる戦争を題材にした創作物や実録に震える私が、唯一好んで、毎年読み返す本がある。皆川博子さんの、『倒立する塔の殺人』だ。

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舞台は太平洋戦争末期、主人公のベー様は軍事工場として使われているが爆撃を受けた母校を片付ける日々である。しかし母が米軍の掃射に遭い死亡、さらに妹が衰弱死。出征して帰ってこない父への伝言を近所の人に残して、同級生で仲良しのお嬢さま・小枝の家に身を寄せることになる。小枝も家族が空襲に遭い、身内は叔母さんだけだ。

唐突に戦争は終わり、学校へ再び通うことになったベー様と小枝。しかし、戦中はさんっざん「御国のために」と唱えていた教師たちは、掌を返したように「戦争中の日本はどうかしていた、これからは民主主義の時代だ」と言う。

帰ってから、ベー様は小枝に一冊のノートを手渡される。小枝がお世話になった、謎の死を遂げた先輩(防空壕があったのになぜか避難せず空襲で死んだ)が残したものだと言う。「ベー様なら何か分かるかもしれない」と小枝にノートを託されたベー様は、ノートの中身を読み解いていくーーー。

というストーリーである。

この小説のすごいところは、挙げたらキリがないのだが、個人的には、太平洋戦争末期を舞台にしながら、焼けた街とか、死んでいったベー様の家族のことに、あまりページを割いていないところだと思う。あくまで、ベー様個人の小枝の世界、お嬢さま学校と先生とのバトル、そしてノートについて語られていく。非常に抑制が効いていて、描きたいことをドンッ! と描ききっている感じがする。

 

物語の終わり、ベー様は、米軍通訳をしている小枝の叔母さんの家を出て、自分の家に帰る。小枝の叔母に信頼されていたベー様は、一緒に米軍相手の商売をしようと誘われるが、「その方が儲けはあるだろうけど、それでも私は、自分の母を殺した連中に笑顔で物を売ることはできない」と、家族で商売をしていた頃の経験を頼りに店を作り、父親を待つことを決める。

 

この、ベー様の、周りが「神国日本」とか言い出そうと、いきなり「アメリカは偉い」「民主主義万歳」みたいな感じになろうと、自分の中のまっとうな感覚(疲れたら休む、無茶はしないし人にもさせない、でもしっかり働く、大好きな人を大切に思い続ける)を忘れないところ、読むたびにかっこよく思えるのだ。

 

きっと平和って、自分の芯を忘れずに生きていけることなんだろうな、とふと考える。

あなたは平和ですか?

私はちょっとだけ揺れぎみです。