湿気も暑さも吹き飛ばすヲタク文学『りさ子のガチ恋♥俳優沼』【感想】

 久しぶりに読んだ本の紹介を。

 

 本屋でこの表紙を見かけた時、稲妻のごとき衝撃を受けた。

 「踏み絵かよ」

【ガチ恋】【俳優沼】この語の意味が分かる者と分からない者で、属性がハッキリさせられてしまう。前者は何らかのヲタク、後者はそうでない人である。相手が腐女子かどうか見分けるための質問「攻めの反対語は?」並みのワードである。

 ガチ恋とはガチの恋、つまり叶うわけのない次元が一個下の人とか、辛うじて次元は同じだがどう考えても彼女/彼氏になれるはずがなかろう存在に、マジモンの、あの、いわゆる不純異性(同性の場合もある)交遊をしたいと思ってしまうことである。

 俳優沼とは、特定の俳優さんにどっぷり夢中になっている状態を指す。「沼」の前にハマっているジャンルをつけるだけの極めて単純な語だが、何かにハマっている状態を的確に表した言葉だと思う。手足が絡めとられて身動きができず、それでもそのジャンルに大金や膨大な時間を費やしてしまう。ほとんど麻薬である。

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『りさ子のガチ恋♥俳優沼』は、2.5次元舞台(アニメ漫画ゲームを舞台化したもの)の俳優に「ガチ恋」をしてしまい、恋に狂っていく平凡(だったはずの)OLりさ子と、彼女に翻弄されていく俳優たちを描いたものだ。

 物語は、りさ子を語り手とした「ファン目線」でのストーリーと、俳優(りさ子がガチ恋している俳優の後輩)目線のストーリーが交互に展開されていく。りさ子とその同志たちの姿は、ジャンルは違えど(私は二次元の人にしかハマらないので)とても親近感の持てる……というか「わkkkっかる……」と突っ伏してしまいそうなリアリティに溢れている。後輩俳優ことあっきーは、なかなか注意深い人物のようで手作りのプレゼントは絶対口にしないし本当は嫌いな役者ともしれっと仲良くできる嫌味だが憎めない奴だ。彼のやや腹黒っぷりも面白い。それくらいじゃないと役者なんてやっていけないのかもしれませんね。

 それにしても、恋愛もできないのか……大変だな(私にとっては難易度ゼロだが)。魅力があるから華やかな世界の住人になれるわけで、素敵と素敵が組み合わさればそりゃあ恋のひとつやふたつも生まれるのでは。(実在する人間との)恋愛禁止が何の苦痛もなく守れるのはヲタクとかコミュ障だけだと思う。

 

 ファン側と俳優側交互のストーリーが、あるサイン会での些細な(りさ子にとっては地獄に突き落とされたも同然なのだけど)出来事によって暗転する。

 第二部からの、ガチ恋されてる俳優、そいつの彼女(この人も芸能人)、我らが愛しきあっきー、そして狂気に陥りながらも的確に相手を脅していく、ポスト貞子の名がふさわしいりさ子の描写は、真夏の夜に読みたいような恐怖に満ち満ちている。俳優と彼女氏はどうなるのか、りさ子の狂気はどのような終結を迎えるのか―――は、ぜひ読んでほしい。

 きっと、ムシムシして鬱陶しいこれからの季節の憂鬱を吹き飛ばすと思うから。