どこまでも歩けるはずなんだ

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旗を塗る(創作)

 1200字以内の掌編小説。公募に出そうと思ってたんですが、〆切に間に合わなかったためお蔵入り。するのも残念なので、ここで公開します。あー、恥ずかし。誰も何もしないでしょうが、一応著作権は私に属しますのでよろしくお願いします。

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 横っ腹蹴飛ばしてやろうか。

 舌打ちしたいのを堪えながら、茜は担任の似顔絵を塗る髙橋を睨めつけた。彼の表情は黒縁眼鏡のせいで見えない。ふと窓を見ると、夕日が沈みかけていた。そういえばさっきまで汗ばんでいて気持ち悪かったのに、今は涼しい。涼しくてもちっとも嬉しくない。なおさら早く帰りたくなるだけだ。

 茜と髙橋は、夏休み明けの体育祭で使う組旗を制作する係だ。髙橋は自分から立候補したが、茜は寝てる内に決まっていた。茜は絵が描けない。組旗のデザインを決めたのも、カーテンを切り取ったような布に下書きをしたのも髙橋だ。さすがに下書きはできるだろうと手伝いを申し出たが、髙橋に

 「いや、いいよ。山本さんは色付けだけやってくれれば」

 と断られた。あっそ、じゃあ一人でがんばって。下書きが終わるまでは、茜はふつうに友達と帰る事にした。友達は「いいのかよ、メガネに全部押しつけて」と笑った。

 無事に下書きは完成し、茜も作業する日がきた。友達と帰れないのは残念だが、髙橋に対して抱いていたもやもやした気持ちはちょっと晴れた。放課後になり、茜は髙橋と廊下に組旗を広げた。A4のデザイン画が正確に写し取られていた。

 「じゃあ、塗ろうか。薄い色で広い面からやって」

 それくらい知ってるし。茜は、パレットに絵の具を出して水色を作った。こんなもんかと思って布を平筆で大味に塗ろうとすると、髙橋に止められた。

 「待って、水色はもうちょっと薄くして」

 いや、水色なら何でもいいだろ。

 茜は少し引いたが、髙橋は平然としている。彼は絵具に水を加えて混ぜ、布に平筆を滑らせた。彼の水色は、むかつくほど綺麗だった。

 他にも、髙橋には細かなこだわりがたくさんあった。下書き線から絵具ははみ出すな、担任の顔や服の皺を無視して平面に塗るな、等々。七月の頭から組旗を作りはじめて、もう一週間が経った。他のクラスはとっくに作り終えたが、二人の組旗はまだ半分もできていない。じっとり暑いのもあって、茜は作業のたびにイライラした。

 もうかなり遅い時間なんだ。茜は空を見て切なくなる。何が嬉しくて遅くまで旗塗ってんだろう。早く帰りたい。晩ごはん食べたい。はぁ、とため息を吐いた。これ見よがしだったか、と少し思うが、髙橋は私を気になんかしないだろう。

 「山本さん」

 「はいはい、サボってな」いよ、と言おうとすると、髙橋は、私に箱を差し出した。黄色いパッケージに、滋養豊富、風味絶佳。「……え?」

 「しんどいんだろ、食べなよ」

 「何で持ってんの」

 「家で余ってたから」

 私は箱を受け取った。一粒取り出し、銀紙を外して口に含む。じんわりと甘さが体に沁みていく。ハリネズミみたいになっていた心が、少し丸くなった。

 「山本さん、もう遅いし帰りなよ」

 「いや、まだ帰らない」

 一体どうしたんだろう、さっきまであんなに帰りたかったのに。もう少しキャラメルを舐めながらこいつが絵を描いてる所を見たい、だなんて。

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不機嫌な時は甘味!(甘いもの嫌いな人は除く)