死のきらめきと日常の倦怠–三島由紀夫『命売ります』感想
よく行く本屋さんがいくつかあるのだが、最近、ある程度大きい本屋さんでは大体、三島由紀夫の『命売ります』が置いてあるのを見かけるようになった。三島由紀夫には何だかヤバイ臭(ナルシシズムとか割腹自殺とかのせい)を感じていて、敬遠していたのだが、帯の「イメージを裏切る読みやすさ」というのを信じて買ってみた。
読み始めてみると、帯の通りかなり読みやすく、安心した。そして、16ページくらいまで読んだ時にはもう確信していた。この小説は面白い、と。
主人公の羽仁男は、「新聞の活字がみんなゴキブリになってしまい」、こんな世の中で生きていても仕方がないと自殺を図るが、助かってしまう。死のうと思った命だ、と羽仁男は「自分の命」を売ろうと決心する。新聞に「命売ります」という広告を出し、自分の部屋で客を待つ。マフィアの女になった若い妻と寝て、彼女を一緒にマフィアに殺されてほしいという老人。大金を手に入れるために、ある秘密組織が持っている薬の実験台になってほしいという女。「吸血鬼」の母のために血を吸われて欲しいという少年。妙な客が次々と訪れ、危険な目に遭いながらも(なぜか)生き続ける羽仁男。彼は「死んでもいい」と思えたはずなのに、次第に「死にたくない」と思うようになるが、その時にはさらなる危険が迫っていた―――。
私は、前半は心の中で「夢小説かよ!!」と叫びながら読んでいた。羽仁男のモテっぷりが半端じゃないのだ。マフィアの愛人でセクシーな若妻と寝るわ、ピストル自殺させられそうになったら実は羽仁男を愛してた依頼人の女に助けられるわ、「吸血鬼」のマダムにじっとりねっとり可愛がられるわ、とにかく彼は女からやたらと愛されるのだ。「そりゃ結構でございますねぇ」という感じ。
だが、後半から様相が変わり始める。お金もだいぶ溜まったししばらく休業するか、と思った羽仁男は、ひょんなことから甘やかされた三十路のお嬢さま(ヤク中)がこだわって作り上げた高級な部屋に住むことになる。例の如く、お嬢さまにも惚れられる羽仁男。しかし、どんどん彼女の束縛がエスカレートし羽仁男は逃げ出す。逃げている途中で、羽仁男は何者かに自分が狙われていることに気付く。
前半はわりと浮かれている。「いつでも死んでもいい命だ」と思うことで、羽仁男は軽快な生を手に入れた。覚悟ができているから、ピストルを押しつけられても心拍数は変わらないし、いつ自分を殺すか分からない依頼人の前でぐーすか寝ることもできた。だが、危険な目に遭い続けているうちに、「死にたくない」と思うようになる。そして、命からがら逃げて羽仁男が警察に飛び込んだラストシーンは、あまりにのっそりとして色彩を欠いている。それこそが、多分私達が過ごしているつまんない日常なのだろう、と思った。
突っ込みつつも、日常を生きることについて考えさせられる、すごくいい本でした。由紀夫、敬遠しててごめんね。