イラクの外交官-『イスラームの「英雄」サラディン』の思い出

本棚の整理をしたら、こんな本が出てきた。
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佐藤次高先生の『イスラームの「英雄」サラディン』。

高校時代、世界史の授業で「敵からも称えられる英雄サラディン」の存在を知り、興味を持つようになった。この本は、大学に入ってから見つけた。
この本では、サラディンを過度な美化あるいは意図的に貶めるようなことはしていない。歴史と争いの中で生きた、ひとりの人間が描かれているように感じた。
この本で、サラディンイラクの北部出身だと知った。


大学2年の春だったと思う。
日本語を学んだ外交官の方々の発表会を見に行った。そこにイラクの外交官も来ていることを知り、私はサラディンのことを思い浮かべた。

サラディンのことを話したい」

そう思い、発表後の交流会で思い切って、イラクの外交官に話しかけた。
イラクの方ですよね? 私、サラディンのファンなんです」
その人は一瞬「サラ…?」と混乱したような顔をしたが、すぐに「おお、サラディン!」と好物を目の前にした子どものような表情になった。彼は、サラディンの生家について、イラク北部の観光地について、美味しい食べ物について、語り出した。
その時の生き生きした表情は、今も忘れられない。


話のキリがいいところで別れ、親切で気さくでいい人だったなぁ、とほかほかした気分でお茶を飲んでいると、日本語の先生と引率の教授に声をかけられた。

「ねえ、一体何の話をあんなに楽しそうにしてたの? レッスンでは、彼は一回も笑ったことなかったのよ! てっきり陰気な人だと思っていたのに」 

めちゃくちゃびっくりした。
そんなわけないではないか。初対面の私に、あんなに誇らしげに国の話をしてくれる人なのに。
「えっ…あの、サラディンの話ですけど……」


もう1000年も前の人だけれど、彼はアラブ人やクルド人の心の中でまだ生きている。そう、本に書いてあった。
それが本当だとするならば、サラディンは、外交官の彼にとって、情勢が悪化していく中でなお輝く、ヒーローのような存在だったのかもしれない。

あの時私は、将来お金を貯めてイラクにきっと行く、と彼と約束した。その約束が果たせる日が、いつか来るだろうか。